コミュニケーションする2人の脳活動をハイパースキャニングで計測 「Well-beingダイナミクスの解明を目指して」
2024.03.04
社会課題としての「well-being」が、政策、経営、教育、医療など各方面で注目されている。WHO(世界保健機構)によれば、well-beingとは「個人と集団が経験するポジティブな状態」。これまで豊かさの指標とされてきたGDP(国内総生産)にかえて、人々が幸せに暮らせる社会の指標として盛んに取り上げられるようになった。それに伴い、well-being研究も活発だ。新たなモビリティーの可能性に取り組むトヨタは、人間をより深く知ることで快適な製品を生み出すヒントを得たいと、理研との連携に期待する。一方、Well-beingダイナミクスを脳神経科学で培った知見と技術によって明らかにすることを目指すBTCC個体間脳ダイナミクス連携ユニットの小池耕彦ユニットリーダー(以下、UL)は、人と人のコミュニケーションから生まれる共感を2人同時のfMRIイメージングによって観察し、コミュニケーションにおける神経基盤の理解を深めようとしている。コミュニケーションはwell-beingの重要なテーマの一つだ。
小池ULは、「well-beingとは、“いい感じ”と言い表すのが一番ピッタリです。何かしていて楽しい。持続的に起こるポジティブな状態」と話す。ほかの人と感情や感動を共有することは、心が弾む楽しい経験だ。仕事や暮らしをスムーズに進める鍵でもある。そんな状態を科学的に解析することができるのだろうか。それにはどんな方法があるのだろうか。小池ULは、人と人との関わり合いが生む共感をハイパースキャニング(複数同時脳活動記録)で調べる研究を進め、2人の脳活動を同時に計測できる装置を活用して、コミュニケーション研究を展開してきた。
コミュニケーションをしている2人の脳の活動状態をfMRI(機能的磁気共鳴画像)で同時にスキャンし、相関を調べる。fMRIは血液中のヘモグロビンが酸素と結合すると磁性が変化することを利用して、脳活動によって血流の変化が生じている部位を高い空間解像度で画像化する装置だ。2人の脳活動の相関を知るには、別々の部屋に1台ずつ設置された装置に実験参加者が入り、2人にオンラインでコミュニケーションをしてもらう。そしてそれぞれの脳活動を同時に計測する。
「人と人のコミュニケーションは協力関係です。一方的な伝達ではなく、互いの理解や同意、問いの予測や答えの期待などを含む相互作用です」。得られたそれぞれのfMRI画像を解析すると、2人が相手に注意を払いながら対話しているときには、脳活動のパターンが類似する共鳴現象が起きていることが読み取れる。さらに、「同じ画像を見て感想を話し合ったときに、感情が相手の反応によって増幅するかどうか。それもハイパースキャニングで見られるとよいと思っています」と、視覚と言語コミュニケーションを組み合わせた状態の解析にも取り組みたいと考えている。いま、人と人のコミュニケーションは対面で語り合うばかりではなく、オンラインやSNSよって、離れたところでのやり取りも盛んに行われる。対面とバーチャルなつながりで、共鳴の様子はどう違うのだろうか。
課題はまだある。ハイパースキャニングで観察される共鳴現象は果たしてコミュニケーションの結果なのか、それとも良いコミュニケーションの原因なのか。また、コミュニケーションが行われたときに脳内では実際に何が起こっているのだろうか。研究の次の目標はどうして共鳴現象が生じるかを解明することだ。 「どんなメカニズムが働いているかについて、数理モデルを作って説明したいと考えています。脳の形が類似しているほど共鳴しやすく、また脳の興奮性細胞と抑制性細胞のバランスが良いとコミュニケーションがうまくいくことは知られていますが、人と人の間で情報がどう伝わるかはまだほとんど分かっていません。仲立ちになる脳の神経細胞がどう繋がっているのか、モデルを作って説明したい」。また、「研究者が、こうするとwell-beingが向上すると示し、それを企業や社会が社会設計や制度設計に活かしてくれると良いと思う」と、研究成果の社会への還元に期待を寄せる。
小池ULは、社会の人々とのコミュニケーションから得るところが多いと言う。「研究目的に集中している私たちと違って、研究者でない人たちが何を考えているかを知ることは、研究の大きな刺激になる」と、理研公開日には見学者との会話を楽しむ。BTCCが拠点とする理研脳神経科学研究センターに所属する研究者の研究分野は、医学、神経生理学、心理学、認知科学、人工知能、画像解析など極めて多彩だ。その中で、小池ULは「ひとところに様々な背景を持つ研究者がいる環境はたいへん刺激的」と、研究生活の充実を実感している。
(取材・構成 古郡悦子 / 制作 サイテック・コミュニケーションズ)