理研CBS-トヨタ連携センター

インタビュー

脳のメトロノーム: こころのWell-beingへの手がかり

2020.06.10

体内で脈打つ心臓の鼓動のように、脳にも独自の時計がある。実際、鼓動や振動は生物の世界に広く見られ、根底に存在するより普遍的な現象を反映している。ホタルは求愛や交尾中に発光を同期させるし、ボノボやチンパンジーはリズミカルにホーホーと鳴いたり胸を叩いてドラミングしたりする。そしてもちろん鳴き鳥は、美しいタイミングと構成の歌をさえずる。理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)脳リズム情報処理連携ユニットのユニットリーダーである北城圭一氏は、これらの例は脳が空間と時間を統合するやり方であり、現実世界の物理的な機構に生物学的な意味や目的をもたらすものだ、と考えている。「同期や振動は印象的です。同期は雑踏の中で人々が歩く時にも見られます。生物学はリズムのパターンで構成されており、脳の同期が我々の知覚や運動、認知といったすべての機能の橋渡しをしていると思うのです」北城氏は語る。

例えば振動の初期位相がランダムなメトロノームを考えてみよう。この動画で確認できるように、これらのメトロノームは時間の経過とともに自発的に同期する。脳も似たようなことをする。これは安静状態の同期と呼ばれ、脳波(EEG)計測によって測定できる。「この同期によって、脳内の分散した領域間をまたぐ情報処理やコミュニケーションが成り立っているのです」と北城氏は説明する。「この仕組みはニューロンの計算において欠かせないと考えています」その根拠は、血管の損傷による細胞死を起こした脳卒中患者の回復に関する北城氏の研究にある。脳卒中は脳の左右半球の間におけるEEGの同期障害を引き起こす。ところが北城氏のチームは、安静時のEEGを日常生活動作スコアなどの他の評価と組み合わせることで、脳卒中からの回復を予測することができたのだ。「これは、EEGの同期に関する情報を用いて従来の身体機能のリハビリ手法を最適化できるという発想につながります」と北城氏は思いをめぐらせる。

BTCCが新たに社会におけるWell-beingの推進を目標に掲げたことにより、北城氏の脳の振動活動の研究はさらに勢いを増している。「すでにヒトの行動や心理的アンケートからWell-beingを測定できるようになってはいますが、それらの結果をEEGや神経ダイナミクスから予測したいのです」と北城氏は語る。北城氏の最新の研究では、健常者を対象としたアンケート指標「自閉症スペクトラム指数」を、安静時のEEGから予測することを試みている。この研究の結果により、異なる脳の同期パターンの遷移 “神経ダイナミクスにおけるメタスタビリティー”が示された。自閉症スペクトラム指数が高い人は振動状態の間の遷移が少なかった。つまり自閉症スペクトラム指数が高い人では脳の状態が変化しない滞留時間が長く、注意の切り替えや細部への注意に関連する自閉症スペクトラム指数の一部のサブスコアと相関していた。

もちろん、個人差や心理的な特性、性格を脳波やその他の手段によって測定したり予測したりすることは、全体像のごく一部でしかないと北城氏は認める。「Well-beingは評価しづらい。個人の状態や特性だけでなく、社会的なコミュニケーションからも大きな影響を受けます。だからどちらも考慮する必要があるのです」しかし振動と同期は間違いなく大きな役割を果たしている、と北城氏は見る。非侵襲的な電磁気刺激によって、我々の脳の同期を強化できないだろうか?脳活動を可視化しそれを患者に示す、ニューロフィードバックと呼ばれるプロセスによって、患者自身が同期を調節する方法を学べないだろうか?現在検討しているこれらの構想は、北城氏の元々のバックグラウンドである運動生理学や脳と筋活動の電気生理学的な測定から浮かび上がってきたものである。「筋肉は脳で制御されていますが、我々の知覚や認知機能も同じです。脳の異なる領域がつながっていて、筋線維と同じように、シナプスによって物理的な制約を受けています。異なる接続パターンやネットワーク間を刻一刻と切り替えることで、脳に柔軟性を与え、多くの機能が備わる。EEGを通してこういうことが見えるのです」北城氏は語る。「個人の特性や脳疾患までも説明しうる、このような柔軟性やダイナミクスを理解すること。それが私のゴールです」

インタビュー&英語原文:Amanda Alvarez