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6/7のBTCC公開シンポジウムで承った質問への回答(後半)

2023.06.19

Q16. 集合知で、限界となるアンカーを超えるためのトリガーには、一般解が存在しているのでしょうか?

[豊川UL]
一般解が存在しているかは難しいです。ある立場や技術レベルでここが限界だと定義される前に、その技術自体を進化させること、そのようにして人間は累積的に文化、技術を進化させてきました。また、生き物一般では、環境に適応するというよりは、環境自体を少し改変してしまうことがあり、そうすることで改変前では限界だと思われていた部分が限界ではなくなるということが結構あります。集合知を考える時には、そういうニッチを構築するというようなダイナミクスで捉えるのがよいのではないかと思います。

Q17. 脳と脳の共鳴のダイナミズムと集合知(集合愚)のダイナミズムで共通する部分(要素)と異なる部分(要素)を区別して指摘できるでしょうか?関心や興味の類似性と行動の類似性の因果関係はどうですか.また、模倣と協力はどのような関係にありますか?

[豊川UL]
たくみに社会的学習(模倣)するために人間が用いる認知能力、たとえば心の理論などのメタ認知や言語は、協力行動や協調行動へもさまざまな形で関わっています。ただし、そうした能力は協力を促進するだけでなく、相手を出し抜くような非協力的行動にも利用できることを忘れてはいけません。脳の共鳴と集合知、ということで私が個人的に興味があるのは、誰かを模倣したときに、それが行為だけ相手の動きを再現したのであり価値の学習は相手とは独立に行われるのか、それとも脳内で生じる価値のアップデートにも社会的情報は影響するのか(共鳴とは別かもしれないですが)を、神経科学的に弁別できないだろうか、という問題です。

Q18. 口コミ評価を見て選んでいるときは、主体的に良い選択をできている(気がする)から個人レベルでは瞬間的にwell-beingな状態になっているけど、長期的にはwell-beingから遠ざかることがある、という理解であっていますか?

[豊川UL]
そうかもしれないですね。加えて、「良くない」という判断(低いクチコミ評価)はノイズが乗りやすく、それが意思決定のパフォーマンスを下げることもありえます。

Q19. 社会に階層性がある(個人→国家→国際社会)のような場合や、時定数が異なる場合の相互作用はどうなるでしょうか?

[豊川UL]
古典的には、より速く進む階層のダイナミクスが定常状態に到達したとみなして(つまり固定して)、より遅い階層のダイナミクスを分析するやり方があります。ですが速いプロセスが均衡状態にいつも到達する保証はないですし、速い過程と遅い過程を両方考えたい問題もたくさんあると思います。まだまだ分からないことが多い問題だと思います。

Q20. 個人と集団で意思決定に関わる要素はどの様に変わるのでしょうか?

[豊川UL]
集団の場合には、個人ごとに異なる知識、異なるゴール、異なる動機づけを持っていることがありえます。

Q21. 2極化を抑制するように外から情報を与える(レコメンドする)ことは可能でしょうか?

[豊川UL]
可能かもしれないですが、そのためには二極化する現象が情報を与えただけで十分にアップデートする類の現象である必要があります。たとえば各個人が何を「良い」あるいは「善い」社会状態と捉えるかが二極化しているとした場合、情報を与えても質的には二極化が解消しないことも十分にありえます。

Q22. 模倣を繰り返すと、単一化していってしまい、多様性とは逆の方向に向かいそうな気がするのですが、多様性を認め合うというのは、難しいのでしょうか?

[豊川UL]
おっしゃる通りかもしれません。ですので模倣しつつ、個人で学習(試行錯誤による情報獲得)することも同時に行うと単一化しにくいかもしれない、というのが現段階での大雑把な理解です。

Q23. テクノロジー(Web会議、VRなど)によってコミュニケーションの方法が変われば、模倣のしやすさやそれによる集合知の質はどのように変化していくでしょうか?

[豊川UL]
技術の文化進化は、情報の忠実な伝達とイノベーションとが噛み合って進みます。したがって、情報伝達あるいはイノベーション、あるいはそれら両方へインパクトのある技術が誕生すれば、それは技術の文化進化へ必ずフィードバックするはずです。より短い時間スケールでの集合知(話し合いでよい意思決定を下せるかなど)とコミュニケーション技術との関係は、問題によって正負が変化するので一般化は難しいです。例えば、流通する社会的情報が豊富になるほど集合知効果が上昇するかというと、実は逆に集合知効果が薄れてしまった、という実験結果を得たことがあります。
(拙著で恐縮ですが:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0095789)

Q24. 集合知(愚)の形成において行動の模倣がカギになるというお話でしたが、個々の個体は「どの個体を模倣するか」という自由度が残ると思います.模倣する対象を選ぶ軸(価値観)のようなものをモデル化することは可能なのでしょうか?

[豊川UL]
はい。誰を模倣するか、というのは社会的学習においてとても重要な判断です。人間に限らず様々な動物が、たとえば集団の多数派へ同調したり、より社会的ステータスの高い個体を模倣する傾向があります。さまざまな「誰を模倣すべきか」に関する戦略が考えられます。どういった状況で、どのような戦略が自然選択によって進化しやすかを調べた理論研究はたくさん行われております。

Q25. 遠隔コミュニケーションと対面コミュニケーションで得られる幸福感の程度が異なると感じます。遠隔コミュニケーションが増えることで、人間のwell-beingの総量が減ると考えますか。あるいは世代を経て適応していくことで、遠隔コミュニケーションでも得られる幸福感が増えていくと考えますか?

[小池UL]
少なくとも現時点でのレベルでの遠隔コミュニケーションが、対面コミュニケーションを完全に代替できているとは、僕は思っていません。なので対面コミュニケーションを遠隔に置き換えれば、対面で得られた幸福感は失われると思います。ただ対面で起こっていた問題点も消えうること、また遠隔コミュニケーション技術がなければできなかったコミュニケーションもありうるので、幸福の総量として考えると増えるか減るか微妙なのではないでしょうか。みなさん自分の好きな仕方でコミュニケーションすればいいと思うのですが、「僕は対面がいいがあなたは遠隔がいい」というような不一致も起こりうるので、難しいですよね・・・。

Q26. 人工知能に対して、思考能力的には、人間一人ひとりが蟻程度でしかないと仮定したと仮定して、その場合、人間側がどのような群知能を獲得すれば、人工知能と共存できるのか気になっています。

[豊川UL]
「思考能力」は蟻―ヒト―人工知能のように一次元上に並べられるものではないので、ヒト個人の知能がアリ個体の知能のようだったらと仮定すると、人間行動に関する全ての仮定を大きく変えることになってしまいます。人工知能とヒトの知能で大きく違うのは、人間の経験できる体験は人間にしか経験できないということかなと思います。人工知能は現状では、人間が体験に基づいて発信した情報から二次的に学習しています。その点に、演算能力の向上だけでは到達し得ない知性の性質があると考えています。

Q27. 法人という仮想の人格の中で観察される階層性やそれを統合するモデルと、ヒトなど生物自体のシステムを成立させるために生物が使用しているモデルの類似性に興味があります。組織が自然発生しているのであれば、似てくるのではとも思いますが、先生方のお考えをお聞かせいただけると嬉しいです。

[赤石UL]
ご質問にあるような問いはご存じとは思いますが古くはハーバート・サイモンの「システムの科学」などの本で扱われてきました。経営学などの文脈ではジェームズ・マーチなどの探索と深化の研究が有名です。個人・個体で行われる探索と深化が集団や組織の探索と深化と同じかどうかについてはまだ十分な研究が行われていないと思います。我々BTCCの豊川先生もそのようなお仕事をされています。

Q28. 脳活動の相関について質問です。結局のところ、鶏が先か卵が先かの話になると思いますが、inter-brain synchがおこったから特定の行動が惹起されたのか、特定の行動(あるいは現象)によってinter-brain synchがおこったのか、どちらでしょうか?

[小池UL]
脳活動の同期は、あくまで第三者視点で二人の脳活動を同時に観察した場合に存在しているもので、コミュニケーションに関わる個人が、相手の脳活動と自分の脳活動が同期している量を、直接知ることはできません。ですので、脳活動が同期していることそのものが、行動の同期を引き起こす可能性は低いと考えています。ただし、行動でないものが揃っていることが、脳活動の同期を引き起こしている可能性はあるため、行動の同期の単なる反映とも言えません。脳活動の同期が何を反映しているのかを検討する一番ストレートな方法は、磁気刺激などを用いて脳の共鳴を阻害して、行動の変容が起こるかを検討する介入研究です。これについては、5期の後半でチャレンジできればと思っています。

Q29. 研究成果をもとにすると、メタバースはwell-beingをもたらすと予測されますか?

[赤石UL]
SNSや他のインターネットなどの技術と同じく、well-beingを向上させる効果もあれば下げる効果もあると思います。ただテクノロジーの個人や社会への効果をよく理解せずに使えば、負の効果の方が大きくなる気が致します。
[小池UL]
現実世界の特徴は、身体を通して他者に働きかける際に得られる「手ごたえ」が強いことにあると思っています。某HMD装置をかぶってゲームをしてみたことがあるのですが、やはり手ごたえが薄いな、という感想でした。メタバースが、現実にある3次元をバーチャル空間に落とし込んだだけのものにとどまるなら、現実と同様の「いい感じ」をメタバース空間で得るには相当な技術革新が必要だろうなと思っています。
[豊川UL]
well-being をいつも必ずもたらすかといえば、そうではないと思います。しかしながら、メタバースというレイアーが人間の社会的ネットワークに加わることで、文化進化や集団意思決定、オピニオンダイナミクスの挙動は、メタバース以前の世界に比べて質的に変化するかもしれません。どういう変化が起こりそうかを予測する、あるいは実際に生じている変化の原因を理解することが、今後の人間行動科学の一つの大きな課題だろうと考えています。